不正検査士になぜ倫理が必要か

0.はじめに

私が毎年受けている会計士協会の倫理に関する継続的専門教育でも、一般的倫理や職業倫理そのものが一体何であるかまで踏み込んだ議論が少ないように思います。

そこで今回は、非常に難しいテーマではありますが、職業倫理や職業倫理規定とは何かという論点に踏み込んだ上で、我々公認不正検査士(以下CFEとします)の職業倫理や公認不正検査士協会(以下ACFEとします)の職業倫理規則について説明することを試みます。

なおACFEは、年次CPEのうち一定単位(2単位)について倫理に関する研修の受講を会員に義務付けています。

 

1.職業倫理の必要性

①「職業倫理」の定義

職業倫理とは、一般に「様々な職業において、その職業に従事する個人や団体が、自らの社会的な役割や責任を果たすために、職業人としての行動を律する倫理的基準・規範」のことを言います。

この職業倫理の内容はもちろんその職業やその特性によって大きく左右されますが、一般的には単なる法令順守だけではなく、広い意味でのコンプライアンスや、社会的責任の分野まで含まれる場合が多いようです。

 

②なぜ職業倫理が必要か?

大前提として、ほとんどの職業は自らや家族の、また法人などの集団ならばその構成員の(主に財産的)幸福のため営利性を併せ持つ必要があります。しかしながら、人的倫理に背くほど極端な営利の追求は、法令違反となる可能性が高いのはもちろんのこと、自らや周囲の人間を不幸に陥れてしまう場合もあり得ます。

古典的な功利主義(「最大多数が最大幸福を得られるものが善い」とする考え方)であっても内面的動機説(「結果よりも目に見えない内的な動機」を重視し、その動機が善いなら倫理的であるとする考え方)であっても、通常はこのように極端かつ他害的な営利追求は悪であるとされ、個々の職業人も常識として倫理的考え方を持つべきものとされています。

 

③なぜ職業倫理「規則」が必要か

このような職業倫理については、よほどの非常識人でもない限り、その重要性や社会的存在として順守しなければならない考え方であることを理解できると思います。しかし、CFEだけではなく会計士、弁護士、医師、介護など多くの団体でこの職業倫理を敢えて規定化したり、今回のように義務的継続的教育の対象としたりというような動きが現在主流となっています。このように職業倫理に「規則」やそれによる「強制」が必要になっているのはなぜでしょうか。

元々職業団体は、個々の職業人が発揮できない政治力や社会的存在意義を発揮するために成立しています。しかしこの職業団体の規模が大きくなり、影響力を増すと、職業団体が果たすべき社会的責任も当然に重くなってきます。また職業団体が影響力を持つ反動として、個々の構成員のモラルハザードに起因する問題や、職業団体に対する社会的批判も増加してきます。

職業倫理規則は、その職業や職業団体などの社会的存在意義を高めるため、守るべき(最低限の)職業倫理について定めた上でその周知徹底や順守を構成員に課し、またそのように義務を課していることについて社会にアピールする目的があるものと考えられます。

 

④職業倫理規則の一般的構成

様々な職業倫理規則をみると、一般的に下記のような項目から構成されていることがわかります。

  • 倫理フレームワーク
    倫理そのものの基本的・普遍的考え方や、職業団体としての基本的モラルなど
  • 職業団体の倫理
    構成員が倫理性を保つために、団体としてどのようなスタンスを持つべきか、また構成員が倫理を保つための教育、管理などの方法
  • 構成員の倫理
    構成員それぞれのモラルを定める。コンプライアンス、継続的教育、機密保持、独立性の保持などにより構成される
  • 職業倫理に係る実務指針など
    より具体的な実務上の行動指針、判断などを示したもの

2.CFEの職業倫理について

(不正検査士マニュアルより)

「不正検査士として下す決定は、依頼人や企業だけでなく、調査の対象となる個人にとっても極めて重大なものとなる。そのため不正検査士は、非常に高い倫理観を保持しなければならない」

 

米国発祥の民間資格であるCFEには、弁護士、会計士や医師といった資格のように規制する法令が存在しません。またCFE業務は一般的に「相反する利害関係を調整する」といった意味合いをあまり強く持たない反面、「不正=悪」というストレートに倫理的側面が問題となる可能性の高い職業であると言えます。また、不正防止対策を検討する際、依頼人によって自らの倫理的スタンスを上回るレベルの倫理的概念を検討すべき場合もあり得ます。

また、CFEの業務が「不正と対峙すること」を直接的な目的としている点は、他の職業と異なる重大な倫理的問題を引き起こす可能性も秘めています。それは、フリードリヒ・ニーチェが「善と悪を超えて(Jenseits von Gut und Böse)」において述べた有名な言葉に言い表されています。

怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。

おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。

3.ACFEの職業倫理規定について

①CFEは、常に専門性と勤勉さをもって自らの職務を遂行する

マニュアルにおいては、専門性については個人のレベルと団体のレベル両方が大事であると述べています。また勤勉さについては、単に勤勉に業務を行うことだけを意味するのではなく、十分な調査や機密保持、利益相反の回避など広い概念を含む意味合いで説明がなされています。

 

②CFEは、違法行為、非倫理的行為あるいは利益相反行為に該当する恐れのある活動には一切関与してはならない

違法行為が禁止されるのは当然ですが、マニュアルには特に名誉棄損、不法監禁について禁止行為の例として説明がなされています。

またCFEが業務を行う場合問題となる利益相反行為についても説明がなされています。利益相反行為に関する論点については、後述の事例で触れます。

 

③CFEは、専門職としての職務遂行にあたり、常に最高の倫理観と誠実さを発揮し、自らの経験・能力に照らして、専門職にふさわしい成果が出せると期待できる範囲においてのみ依頼を引き受ける

CFEは誠実性の基礎として、正直さ、信頼感や機密保持は不可欠であり、そのほか倫理規定が適用できない場合に備え道徳哲学のセンスを研ぎ澄ますべきであると述べています。

 

④CFEは、裁判所の命令を順守し、公正無私に真実のみを証言する

この規則においては「裁判所」と記載していますが、実際には同様の命令を出す司法的権限のある機関も含まれています。そのような場所で答弁を行う場合も、偏見や先入観を交えずに証言すべきであるとされています。

 

⑤CFEは、不正検査を実施するか程度意見を述べる場合には、その根拠となる証拠を入手する。個人もしくは団体の罪状については、一切意見を述べてはならない

本質的には、CFEは特定の誰かが悪事を働いたことについて意見するのではなく、それを「いかにして、誰が、どの程度」行ったかについて客観的な証拠を述べなければならないと説明されています。

 

⑥CFEは、職務遂行過程で知り得る機密情報を正当な許可なくして口外してはならない

CFEには秘密保持について法令による禁止事項やその罰則がないため、この項目は相対的に重要であると言えます。マニュアルにはこの項目について相当な紙面を割いて事例を含め説明していますが、分量の関係で省略します。

 

⑦CFEは、不正検査において発見した重要事項を、事実を歪曲することのないよう全て明示しなければならない

CFEの報告書に記載された証拠や結論は、多くの場合において依頼人の意思決定に大いなる影響を与えます。この為、CFEは自らが作成する報告書が利用者による意思決定プロセスまで理解し、必要とされる情報を正確に与えなければならない点が説明されています。

 

⑧CFEは、自らの指揮の下で提供する専門的サービスの能力及び効果を高めるために、絶えず努力しなければならない。

この点はどの職業倫理規則にも記載されている項目ですが、特に不正行為の状況が常に変化しており、これには適時に継続的学習を続けるべきである点などが説明されています。

4.CFEの職業倫理事例-利益相反

CFE業務は、不正調査という幅広い対象を扱う関係上、複雑な利害が対立する中での業務を行う必要のある可能性も高くなります。また、前述の通りCFE自体を規制する法律がないことも影響し、利益相反と一言で表現しても大変バラエティに富んだ事情を考慮しなければなりません。

マニュアルにおいては「明らかに避けるべき問題点」として、ある会社に所属しているCFEが調査対象となる別の企業や個人に雇われるといった、双方代理の禁止(民法第108条)に近い概念について述べています。

この点について、2010年のアニュアルカンファレンスにおけるセミナーから抜粋で説明します。

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一般に、不正調査は、第三者からの抗議か、又はクライアントや弁護士による、対象となる事実を説明した上での依頼からスタートします。

この時点で最も重要なのは、契約を受諾することではなく、まずあなたが利益相反チェックを行い、調査対象があなたの現在のクライアントと関係していないかをチェックする必要があることを依頼側にわからせることです。

通常、このような利益相反チェックはあまり問題とはならないものですが、特定の従業員が電子メールチェックを滞らせていたり、海外に出張していたり、あるいはまったく電子メールを見ていないなどの理由で利益相反チェックに応じない場合も多くありました。

このような時、この業務によってパートナーになることを切望している個人が、そのチェックに応じていない最後の人間が利益相反を抱えていないという確信に基づいて契約することはまれではありません。

また、他の競争相手に仕事を取られてしまうリスクを恐れるがために、新しい業務を持ち込んだり早めに契約を受け入れたりといった特定の圧力も存在します。その結果、利益相反チェック完了前に契約を受け入れたりすることがあります。

別のケースとしては、個人個人が利益相反について十分な情報を持たない時が挙げられます。利益相反チェックの場合、対象となる「名前」は回覧などがなされますが、そこに住所やビジネスパートナー等の関係がリストされていない場合も多くあります。後になって個人や企業が、機密サービスを提供する会社のクライアントやパートナーと密接な関係にあったことがわかるというケースも少なくありませんでした。

 以上

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